次数比分析とトラッキング解析

エンジンやコンプレッサ等、低回転から高回転まで幅広い回転速度の範囲をカバーしなくてはならない回転機にとっては、その回転機を構成する各コンポーネント(回転軸、ギヤ、ブラケット等の部品)の持つ固有振動数と回転速度との共振が最も重要な問題になります。大型発電機等のねじり振動の場合、共振が許容応力を超える大きな励振エネルギーを生み出し、破壊を招く大事故にもなりかねません。また、振動騒音対策では回転機がどの回転速度で振動や騒音が大きくなるか、その原因として回転機を構成するどのコンポーネントから振動や騒音が発生しているのか知りたいところです。このようなことを調べる方法として“1回転当たりを1周期として1回発生する現象を回転1次成分、その n 倍を回転 n 次成分と定義し、X 軸を次数にとり Y 軸を次数成分の振動騒音の大きさとしてあらわす「回転次数比分析」”や、“回転速度の上昇または下降変化によって注目する次数成分の振動騒音の大きさがどのように変化するかを分析する「回転 - トラッキング解析」”が良く利用されます。なお、回転との比較から回転次数比と“比”を付して使われることが有りますが、この場合の次数と次数比は同じ意味です。

次図1は、回転速度の上昇 50 r/min ごとに測定し三次元表示した「周波数分析」と「回転次数比分析」(以下次数比分析と称す)、並びに「回転-トラッキング解析」(以下トラッキング解析と称する)の関連を示す概念図です。周波数分析の三次元表示データでは X 軸が周波数(Hz)になり同一次数の成分は回転上昇につれ斜め右上がりの線上に現れますが、次数比分析では X 軸が次数(Order)のため同一次数の成分は縦方向に現れます。これが回転速度上昇時の周波数分析と次数比分析の主な違いとなります。また、トラッキング解析ではそれぞれのデータから同一次数の成分をとりだし、X 軸に回転速度、Y 軸にその次数成分を取ってあらわします。これによって、回転速度の上昇変化にともない注目次数成分がどのように変化したかをみることができます。つまり、回転速度が構成部品の共振周波数に近づくにつれ注目次数成分の振動がしだいに大きくなり、共振点と一致すると最大に、回転速度が共振点を過ぎるとしだいに減少したデータとなります。こうしたデータから構成部品の共振状態を簡単に確認することができます。なお、トラッキング解析には主に「定比型トラッキング」と「定幅型トラッキング」があります。

ここではこの違いを次数比分析と周波数分析との関係から説明してまいります。

■ 回転 – トラッキング解析概念図

回転速度を 850 r/min から回転上昇させ、50 r/min 上昇毎に測定した周波数分析と回転次数比分析の三次元表示と、そのデータから一次の成分を回転トラッキング解析した様子を示しています。

図1

1.次数比分析

定比次数トラッキングのもととなるデータが次数比分析です。

1-1 次数比分析とは

周波数分析では、FFTアナライザー内部の水晶発振器から得られた、周波数レンジの 2.56 倍の周波数のサンプリングクロックで入力信号をサンプリングします。 このサンプリング方法で回転速度が変化する回転体の振動や騒音を分析する場合、サンプリングクロックの周波数は一定なので、1回転する時間が変化すると( 回転速度が異なると)、1回転当たりのサンプル数が変わります(次図2参照)。

図2

これに対し、回転速度に同期したサンプリングクロック、例えば1回転当たり 64 パルスの信号を使いサンプリングを行うと、回転速度が変化しても1回転当たりの信号のサンプル数は変化しません(次図3参照)。

図3

回転速度に同期したクロックでサンプリングされた振動・騒音信号をFFTすると、X 軸の単位が周波数(Hz)ではなく、次数(Order)になります。そして、次数成分のパワースペクトルとして表示したデータを回転次数比分析データと呼びます。

 

1-2 回転次数比とその周波数

回転1次の成分とは基準に定めた回転軸の1回転について1周期とする成分のことで、回転2次では同様に1回転について2周期とする成分です。 次数を周波数に換算して考えると、例えば 600 r/min で回転している回転体の回転1次は、次の式から 10 Hz が求まります。同じように、900 r/min では 15 Hz となります。

 

このように1次の周波数は回転速度の変化に伴い変化しますが、次数単位で考える場合、「1回転あたり1周期として現れる成分を1次という」次数表現では、 回転速度に関係がない単位といえます。これが次数比分析のポイントとなります。

 

1-3 回転変化時の回転次数比分析と周波数分析

次の2つの図は回転速度を上昇変化させカラー三次元表示させたもので、初めの図4は X 軸に次数を取って表示した次数比分析を、次の図5は通常の周波数分析を示しています(スペクトルの大きさをカラーで表し、青 → 黄 → 赤色系になる程大きい値を表します)。

 

● 回転次数比分析(カラー三次元表示)

 

同一次数成分は回転速度の変化に対してもX軸は常に一定の位置で表示されます

図4

 

● 周波数分析(カラー三次元表示)

 

同一次数の成分は回転速度の変化によりその周波数が変わってくる

図5

 

次数比分析では、図4のように X 軸は次数ですから同一次数成分は縦方向の線上に表示されていますが、周波数分析の図5では同一次数は回転速度の上昇に比例して周波数が増加しますから斜め右上がりの線上に表示されています。図中の黄赤に注目するとその様子が分かります。

 

1-4 次数比分析のためのサンプル信号

 

■外部サンプリングクロックと回転検出器

通常の周波数分析の場合、サンプリングクロックの周波数は分析周波数レンジ(分析する最大周波数)の 2.56 倍となります。次数比分析の場合も同様に、サンプリングクロックとして1回転当たり分析する最大次数の 2.56 倍のパルスが必要です。

弊社機器での最大分析次数は、6.25/12.5/25/50/100/200/400/800 次となりますので、この 2.56 倍のサンプリング数は次表のようになります。弊社のトラッキング分析機能では回転検出器の1回転当たり出力されるパルス数(1 P/R 等)を設定するだけで、設定された最大分析次数に応じ下表の必要とするサンプリングパルスを自動的に分周・逓倍し作成する機能を備えています。このサンプリングパルスは先に説明しました回転に同期したパルスとなっています。

 

最大分析次数 6.25 12.5 25 50 100 200 400 800
1回転当たりのサンプリング数 16 32 64 128 256 512 1024 2048

 

1-5 次数比分析の分解能

内部サンプリングクロックによる周波数分析の周波数分解能は、解析データ長 1024 点の時は設定周波数レンジの 1/400 に、2048 点の時は 1/800 になります。例えば周波数レンジを 1 kHz に設定すると 1000/400 = 2.5 Hz(解析データ長 1024 点)となり、2.5 Hz 毎にスペクトルを読みとることができます。これに対し、回転に同期した外部サンプリングクロックによる次数比分析の場合、最大分析次数とその次数分解能の関係は次の式のようになります。

(1)

次数分解能については、今までの説明のように回転速度に関係がなく、上記の式(1)により求めることができます。次に次数分解能を周波数に換算して考えてみましょう。

例えば、解析データ長 1024 点で最大分析次数が 100 次の場合は、その次数分解能を周波数に換算すると下記式のように 回転速度 600 r/min では 2.5 Hz、6000 r/min では 25 Hz と回転速度に比例して分解能がかわります。次数分解能を次数単位で考えると上記(1)式のように回転速度に関係なく一定ですが、周波数単位に換算すると下記(2)(3)式のように回転速度に比例してかわり、このことから次数比分析は「定比」といわれています。一方、周波数分析の場合の周波数分解能は 回転速度に関係なく一定となりますので「定幅」といわれます。

次数分解能から周波数への換算式
 

 
   

● 回転速度600 r/min

(2)

   

● 回転速度6000 r/min

(3)

 

1-6 エイリアシング現象

次数比分析の場合も、周波数分析と同じようにエイリアシング現象が発生する場合があります。エイリアシングについては下の備考欄を参照ください。

このエイリアシング現象について考えてみます。いま、分析したい最大次数をM、回転速度を N r/min とすると、最大次数の周波数 fx は次式(4)で求めることができます。また、外部サンプルモード時は、サンプリング周波数 fs は最大次数の周波数 fx の 2.56 倍に自動設定されます。その時、アンチエイリアシングローパスフィルタ(デジタルフィルタ)もサンプリング周波数に連動して掛かりますから、通常エイリアシングは発生しません。

(4)

ここで、アンチエイリアシングローパスフィルタがサンプリング周波数に連動しなくて固定の場合を考えてみます。ローパスフィルタのカットオフ周波数を 1000 Hz とします。例えば、分析したい最大次数を 25 次、回転体の回転速度を 2400 r/min とすると、25 次の周波数 fx は次式から 1000 Hz、同様に fs/2 は 1280 Hz が求められます。この時、1000 Hz 以上の成分はローパスフィルタでカットされ、エイリアシングは発生しないことが分かります。

(5)

次に、ローパスフィルタのカットオフ周波数を 1000 Hz に固定にしたまま、回転速度が 1000 r/min に下降すると仮定すると、25 次の周波数 fx は次の式から 416.7 Hz、同様に fs/2 は 533.4 Hz が求められます。この場合、533 Hz 〜 1000 Hz(ローパスフィルタ)の間の成分がエイリアシング現象(折り返し)として発生対象となります。従って、振動騒音などの信号成分がこの周波数帯に存在すると、ローパスフィルタのカットオフ周波数を 1000 Hz に設定したままではエイリアシング現象が発生することが分かります。

(6)

そこで、トラッキング分析機能では回転速度を変化させながら分析を実行する場合、フィルタのカットオフ周波数が回転速度に応じて変化するトラッキングローパスフィルタが装備されています。

 


エイリアシング現象とは?

サンプリング定理により信号の最高周波数成分 fm に対し2倍以上のサンプリング周波数でサンプルすることが必要であり、サンプリング周波数の 1/2 の周波数をナイキスト周波数といいます。 元の時間信号がナイキスト周波数以上の周波数帯域 fm を含む場合、その周波数スペクトルに成分が fs を中心に折り返された周波数位置に現れます。この現象をエイリアシング(折返し)と呼び、それを避けるために1/2 fs 以上の信号をカットするアンチエイリアシングローパスフィルターを備えています。