ラウドネスをはじめとする音質評価指標は現在幅広く浸透し、様々な分野で人間の聴感上の印象を定量化する技術として用いられています。 最近では、時間変動成分に起因した音色評価、あるいは異音検出の話題が多くなっています。 これを検出する一般的な指標としてはラフネス,変動強度がありますが、いずれも特定の時間変動成分のみを抽出する指標となっています。 しかし、工業製品から放射される機械変動音は様々な変動周期を含んでいる事もあり、その特徴量を抽出するのには不十分であることが少なくありませんでした。 そこで、ラウドネスをベースとした様々な時間変動成分を定量化できる指標(変動音解析)を用いる事で、音の音色(高低)のみならずその時間変動周期も定量化する事ができるようになります。

  

1. なぜ変動音

音の大きさはそれほど大きくないのに、「気になる音」は世の中に数多くあります。 例えば車の走行時に時折聞こえる、「カタカタ」「ビリビリ」といった内装品が発する音や、小型モーターの回転音に混じる、「ジー」という異音などが挙げられます。 「気になる」原因はいくつかありますが、時間的な変動が顕著な音は、その大きさ(レベル)がそれほど大きくなくても耳障りに感じることが多いのです。

変動音解析とは、レベルに左右されない時間変動の大きな成分のみを抽出できる解析です。これにより、従来のFFTや基本ラフネス、変動強度では検出の難しかった、様々な時間変動の特徴を定量化できるようになります。 その他、様々な音のデザイン(味付け)に対して、音の音色(高低)および時間変動周期の2軸で評価できるため、従来の技術よりもより深い解析が可能になります。

変動音解析の単位(DLF)は、Depth of Loudness Fluctuation の略であり、ラウドネスの時間変動の山谷の深さ(差分)になります。解析結果のグラフは mDLF で表現されているので、実際には 1000 倍した値になります。 DLF の後の(s) はリニア表示、(p) はログ表示を表しています。( s はラウドネスの単位 sone の頭文字、p はラウドネスレベルの単位 phon の頭文字から引用しています。)

  

音の変動量で定量化

  

2. 変動音解析の特長

  • ラウドネス(人間の聴感特性を考慮した音の大きさ)をベースにしているので、人の聞いた感覚との相性が良い。
  • 様々な時間変動成分の音に対して、各々の変動の大きさを一度にカラーマップ表示できる。
  • 任意の変動成分(周波数(臨界帯域)、変動周波数)のトレンドグラフ表示ができるので、ユーザの指定する変動成分の良否判定などに応用できる。
  • スペクトルマスキングを除外した変動音解析ができるので、解析結果の構造系へのフィードバックが可能になる。

3. 基本変動音解析指標(ラフネス・変動強度)との違い

基本変動音解析指標である、音の粗さ感を表現できるラフネス(Roughness)、音のふらつき感を表現できる変動強度 (Fluctuation Strength)も、音の時間変動成分を抽出できるパラメータになります。 これらのパラメータは、各々評価できる変動周波数を制限しています。例えば音の粗さ感を評価するラフネスは 70 Hz の変動周波数をピークとして、その前後周波数の重み付けが低くなります。他方、音のふらつき感を評価する変動強度は 4 Hz の変動周期をピークとし、それより離れた変動周波数に対しては感度が低くなります。 したがって、幅広く変動音という捉え方をすると、両パラメータには得手不得手があるということになります。

  

  

変動音解析は、広範囲の変動周波数に対応できるパラメータです。
上記、ラフネスおよび変動強度が特定の周波数に感度を持たせるために、変動周波数のフィルタを1つ使用しているのに対して、変動音解析では複数のフィルタを用います。
詳細は次章(変動音解析アルゴリズム)に記載しますが、低い帯域から高い帯域までの帯域制限フィルタを1 つづつ通過させ、より細かく変動成分を抽出することができます。

  

4. 変動音解析アルゴリズム

変動音解析のアルゴリズム概要を説明します。

  

  

*変動周波数の下限値が10 Hz 以上であれば、200 ms 固定です。10 Hz 未満の場合は、下限値に対応した解析フレーム長となります。

5. スペクトルマスキング効果の影響

前章でも記載したように、変動音解析はラウドネス(人間の聴感特性を考慮した音の大きさ)の時間変動量に着目したパラメータです。したがって、ラウドネス演算時にかかるスペクトルマスキング効果が変動音解析に影響することもあります。

下の図の例は、AM(振幅変調)音のラウドネスパターンのイメージになります。搬送波の周波数(1 kHz)から上にスペクトルマスキングカーブが伸び、この周波数成分も時間的に変動することになります。 変動音解析は、搬送波の領域およびマスキングの領域の変動成分を、区別無く解析しますので、結果としてマスキングの影響を受ける周波数領域に対して変動が大きい、という結果になることもあります。

この(スペクトルマスキングの)影響を排除するには、マスキング無しのラウドネス(コアラウドネスと呼びます)で変動音解析を計算する必要があります。

※ 変動音Core 解析がコアラウドネスでの解析となり、変動音 Mask 解析はスペクトルマスキング効果を含めた解析になります。

  

6. 解析例

ここでは、「自動車のインジェクタ作動音」と「小型モーターの異音」を例にして解析例を説明しています。

  

■ 自動車のインジェクタ作動音

自動車のエンジン音について評価を行った例を紹介します。

燃料噴射時に、ニードル弁とストッパが衝突することで、打音が発生します。この音はレベルそのものはそれほど大きくないのですが、「ピチピチ」と周期的に繰り返す音で、とても耳障りに聴こえます。
左の図はFFT 解析を行った結果ですが、5 kHz 帯域に縦縞のパターンが見られます。これがピチピチ音の正体です。縦縞の時間間隔(約 40 ms)が変動の周期ということになります。

低い周波数帯域(800 Hz 以下)の暗騒音レベルが大きいため、レベルでこの時間変動成分を抽出するのは困難です。
右の図は同じ音を変動音解析した結果です。音色の高低を表す周波数軸(横軸)として5 kHz、時間変動の周期を表す変動周波数軸(縦軸)として25 Hz が交差する升目が濃く表示されています。 つまり、この成分の変動が大きい、ということを表現しています。

FFT 解析でノイズ成分として大きく現れていた暗騒音成分( 800 Hz 以下の音)については、定常的な音(変動しない)ため、変動音解析では反応しません。

  

  

  

■ 小型モーターの異音

次に小型モーターの作動音評価を行った例を紹介します。

モーターの電流異常などにより、かなり高周波な「ジー」という異音が発生することがあり、NG品としてこれを検出することが目的です。

下記 OK品および NG品を比較してみると、正常作動音領域(周波数:1 kHz)の変動成分は両品とも観察できますが、NG品のみ高い周波数成分(8 ~ 10 kHz)に大きな変動が見られます。

この成分が「ジー」異音の原因であり、これらの製品の良否判定を行うには、この帯域(周波数:10 kHz、変動周波数:60 Hz)を観察しておけば、判定できるということになります。

 

  

参考ページ

O-Solution 変動音解析機能 OS-0526

https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/products/keisoku/data/os_ds/os0526.htm

計測・解析ソフトウェア O-Solution

https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/products/keisoku/data/osolution.htm