1. FFTとは

フランスの数理学者 Fourier の発見したフーリエ変換は、理論的にはフーリエ級数をその源としています。 フーリエ級数は、どんな複雑な波形も同じ形を繰り返す周期性を持った波であれば、複数の単純な正弦波(Sin 波)と余弦波(Cos 波)の級数で表現することが出来るという理論です。 この理論を数式で表現したものをフーリエ級数いいます。さらにこの級数を −∞ ~ +∞ まで拡張し、発展させたものがフーリエ変換です。 実際測定しようとする信号はどこまで観測すれば周期性があるとわかるのか不明です。まして無限大時間まで測定するとなると気の遠くなる話になります。 そこで、一般的には観測される波形の内適当な時間分を切り取り、切り取った波形が無限に繰り返される信号と仮定し、この波形に対してフーリエ変換を行います。 当初、このフーリエ変換の計算は、膨大な回数の掛け算計算が必要でしたが、データ数を 2 の n 乗個にとることにより計算回数を少なくする方法が J.W.Cooley と J.W.Tukey により提案されました。 データ数を 1024 とすると、1024 × 1024 = 1048576 回の掛け算が 10240 回に短縮されます。この方法が、Fast Fourier Transform (高速フーリエ変換)といわれ、その頭文字を取って FFT と一般的に呼ばれるようになりました。

  

1.1 FFTアナライザー

FFT の計算は、具体的にはフーリエ級数の係数(フーリエ係数)を求めることを指します。 FFT アナライザーは、入力された信号波形をデジタル的(離散的)にサンプリングすることにより、データとして記憶し、このデータから FFT を使い、短時間でフーリエ係数を求め、その結果を表示する計測器と言えます。 また FFT の意味が信号を単純な周波数に分解することから周波数分析器、あるいは周波数成分の大きさ(スペクトル)を表しているのでスペクトルアナライザーとも言われています。 例えば、「ア」の声を FFT アナライザーで分析すると、 下図 1-1のように、X 軸に周波数 f、Y 軸にその振幅 r をとったスペクトル波形が表示されます。 このスペクトル波形は、「ア」の声が周波数が f1、f2、f3..... で、それぞれの振幅が r1、r2、r3、..... .の波によって成り立っていることを意味しています。 また、逆な見方をすると、周波数 f1、f2、f3..... 、その振幅が r1、r2、r3、..... の波を合成すると「ア」の音になることを表しています。 下図 1-2 に実際に測定した「ア」の時間波形とそのスペクトルを示します(下:時間軸波形、上:スペクトル波形)。 スペクトル波形の左側にピークとして現れている周波数が f1、f2、f3..... に相当します。 では次に、より具体的な例を元に見ていくこととしましょう。

  

イラスト(「ア」の音の時間軸波形とその音の周波数分解)

図1-1


データ画面(「ア」の音のFFTアナライザーによる周波数分析)

図1-2

1.2 何故FFTが必要か

実際の機械から発生する振動の波形を見てみましょう。加速度検出器を図 1-3 のように軸受けに設置し、そこで得られる振動波形を観測します。ここでも先の「ア」と同じ様な複雑な時間波形が観測できます。

イラスト(電動機とブロワから構成される機械系とそこから発生する時間軸振動波形)

図1-3

では、FFT アナライザーにより周波数分析(周波数領域で見る)を行うことはどうゆうメリットがあるのでしょうか。 この図 1-3に見られる複雑な波形は機械を構成する各部位から発生したそれぞれの振動が合わさった波形であると見ることが出来ます(図 1-4)。

イラスト(電動機とブロワから構成される機械系から発生する振動波形を周波数分析するとどの部位から発生する振動であるかが分かる)


次図 1-5 は、この回転機械の複雑な振動波形を FFT アナライザーで分析した結果と振動源である各部位の関係を概念図として示しています。

イラスト(ある機械系から発生する振動波形をFFT分析することで、機械系の各部位とFFT分析周波数領域の対応関係)

図 1-5

各部位から発生する振動がどこの周波数位置に当たるかは機械の構造から決まります。従来は、設備の維持管理や異常診断を行う場合、振動計により振動全体のレベル、すなわちオーバオール値を測定していました。しかし、オーバオール値では振動の大小しか判断できないため、何処が異常箇所なのかを掴むことが出来ません。 また、波形観測(時間領域)でよく使われるオシロスコープでは、波形の時間的な変化(時間軸波形)を見ることは出来ますが、波形の時間的変化が何に起因しているのかを求めることは困難です。FFT による周波数分析データによって初めて、どの周波数のレベルにどれほどの変化が生じたか、その周波数はどこの部位から発生する周波数と考えられるかを検討することにより、異常原因並びにその部位を推定することが可能になるのです。特に、故障の初期段階や微小な異常の場合、オーバオール値や時間軸波形にはほとんど変化が無く検出は困難ですが、周波数分析をする(周波数領域で見る)ことにより微小な異常の検出も可能となります。 最近では、こうした振動分析による設備管理・異常診断に加え、事務機や家電製品などでは、静音性の評価や騒音原因およびその対策方法を検討するための騒音分析など様々な分野で周波数分析が利用されています。

 

2.波形の表し方(Sin波とCos波)

FFT アナライザーが表示するデータの意味を把握するためには、FFT の基本的な考え方であるフーリエ級数の概念とその数学的背景を理解する必要があります。ここでは、フーリエ級数を理解する上で必要となる波形の表し方、並びに Sin 波と Cos 波が持つ特性についてお話ししてゆきます。昔学んだことを思い出しながら読み進めてください。

2.1 振幅、位相、周波数

波形は、振幅と周波数(または周期)、位相(時間差)の3つのパラメータで表すことが出来ます。

振幅

振幅は波形の大きさを表します。音で考えると、大きな音は大きな振幅を持っています。 物理的現象は、たとえば振動は振動計、音は騒音計、力は荷重計、圧力は圧力計というように、各種センサーで検出します。その信号は、物理量の大きさに比例した電圧の振幅値として出力されます。 FFT アナライザーの時間軸波形表示やオシロスコープ、ペンレコーダによる測定は、この電圧出力の時間経過を観測していることになります。

イラスト(波形の振幅=大きい音と小さい音)

図2-1

周波数

周波数とは、1秒間に繰り返される波の回数を表し、単位は Hz です。周波数を f、周期を T とすると次の関係があります。

(式2-1)

音で考えた場合、周波数の高い波形は高音、周波数の低い波形は低音に相当します。

イラスト(波形の周波数=低い音と高い音)

図2-2

位相

波の 1 周期は、角度で 360 度あるいは 2π radian と表します。説明には、「度」が使われますが、数式表現では、一般的に「radian」が使用され、“rad”と表記されます。同じ周波数の波形でも、ある時点(瞬間)ではピーク位置がずれています。このピーク位置のずれを、基準波形に対して表現したものが位相です。基準波形に対してピークが遅れている時をマイナス、進んでいる時をプラスで表現します。

イラスト(波形の位相=基準波形に対してのすれ)

図2-3